20代でFXに300万円負けた話|勝率5割でも失敗した理由

不動産投資を始めた話のなかで、「FXは20代の頃に手痛い失敗をして、40歳で少額の再挑戦もしたが、やはり失敗した。この経緯はいずれ別の記事に書きます」と予告していました。ようやくその話です。

私はFXで、通算▲3,005,373円を失っています。20代後半に始めて、30代半ばまでかかった失敗です。

しかも負けっぱなしだったわけではありません。勝ち越した年が3回、負け越した年が3回。年で数えれば、勝率はちょうど5割です。それでも300万円が消えました。

この記事は「FXは危ないからやめましょう」という話ではありません。当時の私は自分なりのルールを決めていて、管理しているつもりでした。そのルールがなぜ機能しなかったのか——ここが、いま同じ状況にいる方にいちばんお伝えしたい部分です。

当時からエクセルに月次で付けていた損益管理表が残っているので、年ごとの数字をそのまま公開します。損切りができずに含み損を抱えたままの方、「もう少し待てば戻るはず」と思っている方に、私の失敗が判断材料になれば嬉しいです。

1. FXの通算成績を公開します|勝率5割、累計▲300万円

勝ち越した年が3回あっても、負けた年の傷が深ければ通算は大きくマイナスになります。

まず、成績を年ごとに並べます。何年のことかは伏せますが、連続した6年間の記録です。

年間損益
1年目▲1,982,506円
2年目+448,179円
3年目▲2,101,325円
4年目+1,382,528円
5年目+39,961円
6年目▲792,210円
累計▲3,005,373円

当時から自分でエクセルに月次で付けていた損益管理表の数字です。証券会社は2社使っていました。

勝ち越したのは2年目・4年目・5年目の3回。負け越したのは1年目・3年目・6年目の3回。年で数えれば、ちょうど半々です。(取引1回ごとの勝率ではなく、年単位の勝ち越し・負け越しで数えた場合の話です)

ところが金額を足すと、まったく違う景色になります。

  • 勝った3年の合計:+1,870,668円
  • 負けた3年の合計:▲4,876,041円

いわゆる利小損大です。勝つときは小さく、負けるときは大きい。投資で失敗する人の典型例としてよく語られる形ですが、私自身がまさにそれをやっていました。

そして注目していただきたいのは、4年目に+1,382,528円を取り返していることです。前年に210万円負けた直後に、その3分の2を回収している。このときの私は「やり方が分かってきた」と思っていました。今振り返れば、この年の成功がむしろ撤退を2年遅らせたのだと思います。

2. なぜ始めたのか|仕事で外貨取引を担当していたという自信

仕事で外貨を扱っていた経験は、投資で勝てる根拠にはなりませんでした。

私がFXを始めたきっかけは、少し変わっているかもしれません。当時、私は前職で財務を担当していました。海外との取引がある会社で、資金繰りや外貨取引を扱う立場です。そのなかには為替予約の実務も入っていました。

為替予約というのは、将来の決済に使うレートを今のうちに確定させておく取引です。円安に振れても円高に振れても、会社の損益が為替で振り回されないようにするためのもの。日々レートを見て、社内の資金の動きと突き合わせて、銀行と話をする。外貨は私にとって「毎日の仕事の道具」でした。

だから、こう思ったわけです。

為替の動きは仕事で毎日見ている。相場観はある方だ。だったらFXでも通用するのではないか。

いま冷静に書くと、この一文には大きな飛躍があります。

決定的だったのは、外貨の知識はあっても、投資の経験がまったくなかったことです。株も投資信託もやったことがない。損切りという言葉も、ポジション管理という発想も持っていませんでした。相場が読めるかどうか以前に、負けたときにどうするかを何も知らなかったわけです。

そもそも、仕事で扱っていたものとは目的が正反対でした。為替予約はリスクを消すための実務、FXはリスクを取る投資。同じ「為替」という言葉でも、やっていることは逆です。当時の私は、その違いを意識していませんでした。

やり方はこうでした。

  • スワップポイント狙い:金利差でコツコツ受け取る
  • スイングトレード:数日から数週間ポジションを持つ
  • 自動売買は使わず、すべて自分の判断

スワップ狙い自体は、いま私がやっている高配当株の考え方に近いものです。値上がりを狙うのではなく、持っているだけで入ってくるものを積み上げる。方向性そのものは間違っていなかったと思っています。問題は、それをレバレッジをかけた為替でやろうとしたことでした。

3. 決定的だった2回のロスカットと、年別の表では見えない部分

300万円のうち、大半は「ナンピンの末のロスカット」2回で失いました。

▲198万円の1年目と、▲210万円の3年目。この2つの年に共通していたのが、ナンピンを重ねた末の強制ロスカットでした。

ナンピンというのは、含み損が出ているポジションと同じ方向に、さらに買い増していくことです。平均取得単価が下がるので、少し戻せば損失が消える。理屈としては成立します。

私がナンピンをしていたときの頭の中は、こうでした。

  • ここまで下がったなら、そろそろ反発するはずだ
  • 平均単価を下げておけば、少し戻るだけでプラスに戻せる
  • ここで損切りしたら、これまでの含み損が確定してしまう

最後の一行が、いちばん厄介でした。損切りを「損を確定させる行為」だと思っていたのです。実際には、損切りをしなくても損はすでに存在していて、確定させていないだけなのですが、そのときはどうしてもそう思えませんでした。

そして、ナンピンで膨らんだポジションは、証拠金に対して重くなります。相場がさらに逆に動いた瞬間、自分の意思とは関係なく、強制的に決済されます。それがロスカットです。この2回があった年の損益が、▲198万円と▲210万円という数字になりました。

年別の表では、いちばん怖い部分が見えません

第1章で年ごとの損益をお見せしましたが、実はあの表は事態を穏やかに見せています。

月次の管理表を見返すと、その1か月だけで、その年の年間損失額を上回る損を出している月が3回ありました。うち2回が、先ほどのロスカットの月です。年で均すと、勝った月と相殺されて「▲198万円」「▲210万円」という数字に落ち着きます。でも実際には、数週間で数百万円が消えた月が、6年のあいだに3回起きているのです。

私が「まだ大丈夫」と思い続けられたのは、この均された年間の数字を見ていたからでもあります。月次で並べていれば、もっと早く手が止まっていたかもしれません。

ここで、多くの解説記事が書かない部分を正直に書いておきます。壊滅的なロスカットを食らった直後、私は口座に入金しています。「あれだけ下げたのだから、ここからは戻るはずだ」と考えたからです。

2年目と4年目に取引を続けられたのは、この入金があったからです。負けた直後に資金を足したから、翌年も相場に居続けられた。逆に言えば、あそこで入金していなければ、そこで終わっていたかもしれません。

なぜ、負けた直後に入金できてしまったのか。次の章がその答えです。

4. 私の基準は「全部なくなったら終わり」だった

上限を決めていても、それが「全額なくなったら」であれば、撤退基準としては機能しません。

ここが、この記事でいちばんお伝えしたい部分です。

私はFXを始めるとき、まったくの無計画だったわけではありません。実はルールを決めていました

資産の半分をFXに回す。その資金が枯渇したら、諦める。

金額の上限を先に決めていたわけですから、当時の自分としては「ちゃんと管理している」つもりでした。実際、生活費に手をつけたことは一度もありませんし、この6年間、貯蓄そのものは並行して続けていました

「上限を決めていた」ことが、入金の理由になっていました

前の章で、ロスカットの直後に入金したと書きました。ルールを決めていたのに追加入金するのは矛盾しているように見えると思います。でも、当時の私の中では、まったく矛盾していませんでした。

「資産の半分」は、一度に口座へ入れた金額ではなく、あくまで上限として決めた枠だったからです。最初に入れたのはその一部で、負けるたびに枠の残りから追加していました。だから入金するとき、私はこう考えていたのです。

ルールを破っているわけではない。決めた枠の中に、まだ余裕がある。

上限を決めていたことが、追加入金を正当化する理由になっていた。ここが、この失敗のいちばん厄介なところだと思っています。枠があるから安心して入れられる。入れるからまた負ける。そして枠が減る。

「全部なくなったら終わり」は、撤退基準ではありません

いま見返すと、この基準には決定的な欠陥があります。

途中でやめる条件が、どこにもない。

だから、1年目に198万円負けても、3年目に210万円負けても、「まだ資金は残っている」という理由で続けられてしまう。私が撤退を決めたのは、決めていた資金がほぼ底をついたからでした。判断したのではなく、続けられなくなっただけです。

大きな損失を2回出して、それでも続けて、撤退を決めるまでにおよそ5年かかりました。最後は、残高を見て「ここまでだ」と。

そしてこの6年間、私はこの損失を誰にも相談していません。話せば止められると分かっていたからだと思います。相談しなかったこと自体が、撤退の遅れにつながったという自覚があります。

5. まとめ|「いくらまで」だけでは、人は止まれません

金額の上限は破綻を防いでくれますが、それだけでは止まれません。損を小さくするには、もう1つ別の基準が要りました。

要点を整理します。

  • 6年間の通算は▲3,005,373円。年で数えれば勝ち越しが3回あっても、利小損大で通算は大きくマイナスになった
  • 大半はナンピンを重ねた末のロスカット2回で失った。年別の表では均されて見えないが、月次では年間損失額を上回る損を出した月が3回あった
  • ルールは決めていた。ただしそれは「資産の半分が枯渇したら諦める」という金額の上限だけ
  • その枠が残っていることが、負けた直後の追加入金を正当化していた
  • 途中でやめる条件がないルールは、撤退基準ではなく破産までのカウントダウンだった

いま含み損を抱えて動けずにいる方に、私の経験からお伝えできることがあるとすれば、「いくらまで」ではなく「いつまで」を決めてみてはどうでしょうか、ということです。

金額の基準は、資金が尽きるまで我慢させます。実際、私は尽きるまでやめられませんでした。一方で期間の基準は、勝っていても負けていても、途中で立ち止まる理由をくれます。

それでも、あのルールが私を守っていました

最後に、いまの正直な気持ちも書いておきます。

あの300万円があったら、と思うことは今でもあります。当時貯めていた資産の半分です。取り返せるお金ではありませんし、痛すぎる失敗でした。

そのうえで思うのは、全額を投資に回していなかったから、人生が破綻するところまではいかなかったということです。手をつけなかった残り半分と、並行して積み上げていた貯蓄が残っていた。だから失ったあとに、時間をかけて立て直すことができました。

ここまで書いてきて、自分のルールはこう整理できると思っています。

  • 「資産の半分まで」という上限は、最悪の事態を防ぐ基準だった。これは機能した
  • 足りなかったのは、損を小さくする基準。つまり「いつやめるか」という条件

この2つは、目的の違う別々の基準です。上限だけを持っていた私は、破綻はしませんでしたが、300万円を失うまで止まれませんでした。逆に言えば、上限がなければ失ったのは300万円では済まなかったはずです。

もしいま、上限も期限も決めずに何かを続けている方がいたら、まず上限を、そのうえで「いつまで」を決めてみてください。順番としては上限が先です。それが自分を守ってくれることは、私自身が身をもって確認しました。

そして、この話には続きがあります。

私はこの10年後、40歳でもう一度だけFXを試しました。今度は金額と期間を先に決めて、自動売買で。その結果と、そこから作った「やめる基準」については、次の記事に書きました。損益証明書の数字もそのまま載せています。

40歳でFX自動売買を試した結果|10万円で作った撤退基準

最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。


※本記事の損益は、当時から自分で付けていた月次の損益管理表に基づく実額です(2026年8月30日に原本を再確認)。金額はいずれも税引前で記載しています。投資判断はご自身の責任でお願いします。

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